2012年5月9日水曜日

茨城県つくば市を思う

GW中、一日だけ東京に滞在したのですが、さっきまで雨が降っていたのに、あっという間に晴れるこのお天気。夕方には、東京湾から横浜までかかるような大きな虹が出ていました。私も、「あぁ、きれい」と電車で出会った乗客の方と一緒に感動しました。
その2日後、茨城県県での異常気象(竜巻)で多くの方が家屋に損害をうけ、今なお不便な生活をされています。

それより1年3か月前、高校の研修旅行で北海道に引率していた3月。酪農体験など、楽しい研修を終え、自宅に配達されるはずの旅荷物を待っていたある日、東北で大震災が発生しました。多くの人が住んでいた場所を失い、大切な人を失い、大切な思い出の品までも津波で流されたと言います。現地には爪痕が残り、今もなお日本全国でその影響が生活に反映しています。

ビートたけしさんの著書だったと思うのですが、多数の死傷者を出す大災害や大事件を報道するメディアとその視聴者に警笛を鳴らすために、次の文章を書かれています。「多くの人が亡くなった一つの事件ではない」「一人ひとりの人生に起こったそれそれの事件なのだ」と。ここでは、「大事件だな」では終わらしてはいけない、一人ひとりのドラマと向き合うべきだと言っているのです。

私たちは、これらの出来事はすべて「他人ごと」だと感じているということです。
ここで私が思うのが、「人間のむごさ」「痛みの共感」です。

祇園でも交通事故があり、4人の方が亡くなられたのは、つい先日です。
この方々は、いつもの「日常」をすごしておられたのでしょう。
また、大好きな京都への旅行の途中だった方もいらしたと聞いています。
しかし、沢山の死傷者を出したその現場は、数時間後にはいつもの街並みになっていました。
事故後午後7時すぎ、その惨状になった現場は「いつも通り」のネオンが輝き、わたしはバスでそこを通り過ぎたのです。


私たちは、日々たくさんの出来事の目撃者です。
そして、それを知ったあなたはどう生きるか。
それを問われているのではないでしょうか。一緒に考えてみませんか。
この方々がささげてくださった痛みを、意味あるものにしませんか。

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