中1の宗教では「お祈りしたことがありますか」とアンケートをとると、多くの生徒が反応してくれます。
では、何に対して?その願いを叶えてくれる人・ものとは?
これは、難しい問いですよね。
授業の後半は、キリスト教カトリック的アプローチを行います。
大人の皆さんには「浅すぎる」内容かもしれませんが、私は大人になっても、ずっとおぼえている「祈り」の土台となる考えです。ここで少し紹介させて頂きます。
祈りは「心の呼吸」と聖アウグスチヌスは言いました。
私たちは日頃、肺呼吸をしていますが、「呼吸」の始まりは空気を「吸うこと」でしょうか、「吐くこと」でしょうか。
答えは「吐くこと」ですね。
肺に、汚い(二酸化炭素を多く含む)空気があるにもかかわらず、空気を吸い続けることが出来ません。
つまり、呼吸の「きっかけ」は「吐くこと」です。
同様に、心がいっぱいなのに新しい空気(アドバイス)を吸うことは出来ません。
つまり、聖アウグスチヌスはモヤモヤしていること・心が痛んでいること・嬉しくて一人で抱え込めないことを吐き出すことが「祈り」だと言っているのだと思います。
幸運にも、お母さんや友人に聞いてもらえるかもしれません。
お母さんや友人が、あなたの心の痛みを受け止めてくれるかもしれません。
一方で、聞いてもらえる人がいない人がいるかもしれません。恥ずかしくて言えないかもしれませんね。そこで私がオススメする場所。
それは「押し入れ」と「お手洗い」です。
大声を出しても、押し入れのお布団があなたの思いを受け止めてくれます。
泣きそうなときは、押し入れのお布団に涙を拭いてもらえばいいのです。
あなたのモヤモヤや苦しい思いは、お手洗いの水が流してくれるかもしれません。
精神衛生的にも、「思いをはき出す」ことはとても大切です。
それは、言葉で表現できなくても問題ありません。
音楽や美術で表現する、体を動かすことも良いですね。
心の呼吸を止めてしまうと、心はすぐパンクしてしまいます。
心のパンクさせない方法を知るために、授業の「美術」「音楽」「体育」があるのですよ。
そうすれば、心の中は整理され、
どこからか明日の自分へのアドバイスが聞こえてくるのではないでしょうか。
祈りは、歩きながらでも出来ます。
だって、「心の呼吸」だもん。神様との出会いは、「今この時」です。
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