皆さんは、外国映画で十字架のしるし(十字を切るしぐさ)をご覧になったことがありますか?
「父と子と聖霊の御名によって、アーメン」と言っているのですが、
父は… 「てんじょうの神」 天井ではなくて、天上ですよ。
子は… 神が自分を割いて私たちに与えてくださったイエス。
聖霊は… イエスが天に上った後に与えられた「神の働き」
右手の中指で、おでこ→胃のあたり→左肩→右肩をさわり、最後に「アーメン」と合掌します。
この「十字架のしるし」は、授業内で「神様への電話番号だ」と話します。
3つに見えるが実は一つの神様に「仲間に入れて!」とお願いしていることになる訳です。
祈りは、自分勝手に希望を叶えてほしいと願うことではありません。
「祈り」とは頼むことではなく、「~する」という意図を宇宙のエネルギーの波に乗せる「意乗り」が本来の意味なのだとあります。
つまり、神様とコラボレーションして、この世に関わることです。
だから、神様と気持ちが異なっていると実現しないということになります。
そうか、勝手なことを言っていたから、わたしの祈りは叶わなかったのか。
日々不満を抱える私に、神はわたしに最善の道を与えてくださっていたのだと思えるようになるためには、もっと時間が必要なのでしょう。
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